あすなこ白書

日本のドラマっておもしろい!

フィクションと現実の狭間で (『石子と羽男』第3話ネタバレ感想)

あの事件がもうドラマになるのか……とたまに驚くことがある。実際に起きた事件を扱うのはドラマに限ったことではないが、制作から公開に至るまで何年もかかる映画や小説に比べると、ドラマは現実とのラグが少ない。一年前、早いものでは数カ月前に起きたことを掲げ、幅広い層へ訴求できることがテレビドラマの強みだ。きっと今年に起きたあの事件や、世間をざわつかせたあれやこれやも、来年にはドラマになっているのだろう。私たちはそんな作品を通してあのときに抱いた感情を思い出す。

しかし、実際に起きた事件をモチーフにするのはリスキーな要素の方が多いと思う。上手くいけばキャッチーに映るし、社会問題へのアンテナが優れている作品なのだという印象を与えられるが、攻めきれずに中途半端な着地を迎えるものも多々あり、まあ難しそうだ。たぶんフィクションと現実のちょうどいい落としどころを見つけるのが難しい。作る側は伝えたいことを描きつつも、あらゆる部分への配慮を欠かすことは出来ないし、見ている側は見ている側で、どこまで"エンタメ"として受け取ればいいのか楽しんでいいのか、と悩んだりする(私は結構悩む)

 

という見解を踏まえて。先日30(金)に放送されたTBSドラマ『石子と羽男ーそんなコトで訴えます?ー』の第三話が、昨今の社会問題を扱ったドラマで(私の観測上)とりわけクオリティーが高かったのでここに残したい。すみません、TVerの無料公開には間に合わなかったです……。

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そもそも『石子と羽男』がどんな話なのかといいますと。胡散臭い弁護士・羽男(中村倫也)と東大出身ながらパラリーガルに収まっているカタブツ・石子(有村架純)がさまざまな珍事件に挑むリーガルエンターテインメントドラマだ。朝ドラ『とと姉ちゃん』等を描いた脚本家・西田征史のオリジナルで、TBSの黄金タッグ(『アンナチュラル』『MIU404』などなど)新井順子P×塚原あゆ子監督が手掛ける最新作として、放送前からドラマ好きの中では期待値が高かった。

茶店のコンセントで充電をしていた大学生が店主に訴えられるところから始まった第一話は、わりとシンプルな印象を受けたものの、『そんなコトで訴えます?』のサブタイトルとは裏腹に、「訴える」つまり「声を上げること」を肯定する物語だった。「なぜ声を上げないんですか?」という石子や、加害者側にも「あなたはあなたで声を上げればいいじゃないですか!」と寄り添った羽男の姿が、今の時代感にめちゃくちゃフィットしていると思ったのである。

ちなみに現在放送中のフジ月9『競争の番人』でも似たようなメッセージ(誰にでも怒る権利があること)を発信しているが、大企業相手にぎゃふんと言わせる物語よりも、『石子と羽男』のほうが今の自分にしっくりくる。なんというか身の丈に合う。

 

そんな『石子と羽男』、第三話はファスト映画の回だった。もうドラマになるのか……はこの時に感じたことである。ファスト映画については以前から問題視されていたが、初の逮捕者が出たのは2021年6月。東宝や日活など、大手13社が投稿者に対して5億円もの損害賠償を請求したニュースが出たのは、今年5月のことだった。

 

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ドラマの話に戻ります。羽男に白羽の矢が立ち、国選弁護でファスト映画を投稿していた大学生を担当することになった。なかなかシビアな設定だと感じたのが、この大学生はもともと"映画監督志望"であり、のちに出てくる第二のファスト映画投稿者もまた"映画好き"なのである。

最初に逮捕された大学生の場合は、映画の勉強のためにとおススメ映画のファスト動画を仲間内で限定公開していたのが(それもどうなん)、うっかり全体公開にしてしまい、あっという間に数十万回再生まで伸びた。それまで公開していた自主制作映画とは比べものにならない反響の大きさに気持ちよさとある種の使命感を覚えた彼は、アカウント凍結まで27本にわたるファスト動画をアップする。ファスト映画のなにがいけないのか?劇場で流れる予告となにが違うのか?収益化もしていないのになにが悪いのか?捕まってもなお、彼は食い気味に問いつづける。

しかし、この事件は映画好き大学生の逮捕だけでは収まらず、彼の好きな映画監督にまで飛び火した。ニュースを見て勘違いした人たちがなぜか監督をバッシングし、新作映画のTwitterアカウントには誹謗中傷リプが殺到する。ちなみに大学生の名前が山田遼平、監督が山田恭平なのだけれど……そもそも山田しか合ってねえじゃんか!バカ!大バカ!!(ちなみにこのクソバカ現象はTwitterを観測していると悲しいかなよくある……)

 

どうして山田遼平くんはこんなことをやってしまったのだろう。一言でいうと、それは"想像力の欠如"によるものだと私は思う。逮捕されること、自分の名前と空見した一般人が大好きな映画監督を誹謗中傷すること、それによってようやく公開に至った新作映画が大コケし、かなり早い段階で打ち切りになってしまうこと……。そして、いつか映画監督になった未来の自分が搾取される"前例"を生み出してしまったことにも、彼は気づいていないのだ。

 

 

ここのシーンがすごく良かった。山田遼平くん事件の一連の原因は"想像力の欠如"だと書いたけども、山田監督から語られた「どうしてファスト映画(文化)がダメなのか」の理由は、作品を生む側、生みの苦しみを知っている人だからこその声で、それこそエンタメを享受する側の私には想像が出来なかったから。ファスト文化を肯定する大学生の被害にあったのが、65歳の遅咲きの映画監督というのも悲しいほどに鮮やかな対比だ。

 

羽男たちが手を焼きまくった山田遼平くん事件は「懲役1年2ヶ月の執行猶予」で幕を閉じる。起訴された以上、執行猶予を目指すしかなかった彼にとってはこれ以上ないベストな結果だ。あれだけイキってた山田遼平くんも心底反省し、最終公判では「でも…もし許されるなら、また映画に関わって生きていきたいです」と言った。山田監督にも直接謝りに行くのだが、監督は土下座して詫びる彼に対して、このように返す。

 

未熟で申し訳ない。どんなに謝罪をされても受け入れることはできません

 

法律では執行猶予という形でやり直しのチャンスを与えられたが、山田監督個人は彼を許さなかったのである。一見酷なようにも思えるこのラストが、私はすごく晴れ晴れしかった。「声を上げること」や「怒ること」を肯定していた『石子と羽男』らしい着地であり、声を上げる権利」や「怒る権利」もあることを主張していた『石子と羽男』が「許さない権利」も私たちにはあるのだと言ってくれたことが、嬉しかったのだ。

 

怒るまでには至らないが、それでも悲しかったという場面は山ほど浮かぶ。そんなとき、相手がどんなに誠意を尽くしてくれたとしても、許せない自分がいてもいい。悲しさを無理に拭わなくてもいい。悲しむ権利も許さない権利も、私たちにはあるのだから。

 

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