あすなこ白書

日本のドラマっておもしろい!

今期、一歩先を進んだドラマ「女子的生活」

NHK「バリバラ」という番組をご存知だろうか。
 
私の大好きなNHKのバラエティ「ねほりんぱほりん」も、民放では考えられない攻めた番組だと言われているが、この「バリバラ」もなかなか鋭利な角度で攻めている番組だ。「障がい者の為の情報バラエティー」というジャンルで、私もネットニュースなどでは目にすることはあったが、昨年初めて番組を見た。
 
その時は「LGBT温泉」という回だった。レズビアン、ゲイ、トランスジェンダー、そして男性の放送作家で温泉に入ろう、という内容である。番組のお言葉をそのまま拝借すると、これが何ともややこしい。参加したドラァグクイーンの方も「ぐったり」な、見ているこちらとしても非常にカオスな光景だった。これを話し出すとLGBT温泉で終わってしまうので、気になった方は是非検索ほしい。
 
というわけで今回は、「攻め」のNHKが生み出したドラマ「女子的生活」について。
 
 

NHK金曜22時「女子的生活」

 

主人公・小川みき(志尊淳)は、見た目は美しい女性だが元は男性、というトランスジェンダー。彼女はファストファッション会社に勤めており、「女子的生活」というブログを担当している。その題名通り、みき自身も#ハッシュタグをつけたくなるような、女の子らしいキラキラした生活を満喫していた。トランスジェンダーの友達とのルームシェアが解消した矢先、みきの部屋の目の前に現れたのは、高校の同級生・後藤(町田啓太)だった。「幹生」ではなく「みき」となった姿に驚くものの、行く当てがないので泊めてほしいと頼む後藤。最初は渋ったものの、根負けして部屋にいれるみき。こうして、みきと後藤の奇妙な共同生活が始まるのだった。
 
 
今作は、何といっても「戦うヒロイン」のみきの魅力が溢れまくっている。
その魅力がみきがLGBTだからあるものではなく、みきという人間だからこそのものだと、本編を見たらばっちり伝わることだろう。
 
 

主人公・「小川みき」

 

まずみき自身のセクシュアリティに触れておくと、彼女はトランスジェンダー(性違和)で、元は男性だが女の子になりたい人。しかし恋愛対象は女性。
これがみきを”複雑な“トランスジェンダーと表現する理由で、みき自身をも悩ませている。
第一話では合コンで出会ったTHEオーガニック女子(一昔前でいう森ガール)・ゆいをまんまと落とすことに成功。そのまま一晩を共にするのだが、ゆいは普通の女の子。しかも彼氏持ち。
この関係が長く続くものではないと理解した上で、みきはその場の恋愛を楽しむのだった。
 
みきを演じる志尊淳は可愛いし、志尊淳演じるみきも可愛い。ただお顔が可愛いからという可愛さだけでなく、女の子に憧れ、理想を追い続けたからこそ身につけられた可愛さを持っている。
 
同僚はみきを普通の女性として接しているし、みきの上司も「うちの服が似合うなら男も女も関係ない!」と採用を決めた(しかし直後に「で、ついてるの?」と聞くのだからデリカシーは全くない)
 
近所のコロッケ屋さんはみきを「綺麗なお姉さん」と呼んでいるし、ゆいも後藤も、みきのことを最初は女性だと思っていた。
しかし、実際の志尊くんは178センチと意外にも高身長で、みき自身も「デカい女」と言っている。椿姫彩菜さんや佐藤かよさんのような「言われなければ全くわからない系」かと思いきや、そうでもない。
日常に溢れている差別や偏見と、みきは「戦っている」のだ。
 
 

戦うヒロイン・みき

 

第二話ではみきを取材したいというテレビ局のディレクターから「君、男だよね?」とぶっこまれ、続いて高校の同級生だった高山田からは失礼千万な言葉を浴びせられていた。
 
続く第三話では仕事先でいった(しかも散々悩みをきいてあげた)女性に「あの…男の方ですよね?すごいなぁ、都会だったらこういうの許されるんですね!頑張ってください!」と励ましのようで一ミリも励みにならない言葉をかけられる。前者の二人も凄いが、この女性は無自覚なゆえに破壊力が凄まじかった。
 
しかしみきはどんな時でも、笑顔でかわすのだ。
人間こんなもんだ、と言い聞かせて。
 
 
そのみきが家族と向き合い、己とも向き合うことになる第三話。
先ほど失礼ぶっこいた女性と同じく、兵庫の田舎にいるみきの家族。ひょんなことから、みきの父とみきをよく思っていない兄と再会することになる。
今まで色んな言葉をかけられても、それはあくまでも「他人だから」と割り切ってこれたのかもしれない。しかし今回対峙するのは、切っても切れない家族。兄は地元の公務員として働いており、田舎ならではの保守的思考で固められていた。
 
「そんな姿、ここで見せるな!」
 
「地元のやつに見られてみろ…お前のせいで俺たち家族が一生苦しむはめになるんだよ!」
 
高校から沸々としていたものを、一方的にぶつけるみきの兄。
そこで「それは…嫌な思いさせた、って思ってる」と返したのは、みきの強さだと思った。今まで他人に好き勝手言われて、他人の物差しで評価されても黙ってさらりと交わしてきたみきだったが、今回は違った。
 
言いたい放題の兄をがつんと殴る。
 
「別に逃げてるわけじゃない!私はこの格好が好き、ファッションが好き!だからこの仕事をしているの、だからこの服を着るの、こういう格好をしてるの!」
 
「別に逃げてるわけじゃない…」
 
「じゃあ、兄さんが好きなものは何?兄さんが大好きなものは何なん!?」
 
放送された第一話ではキラキラした女子的生活の裏側で、みき自身が背負うことになった宿命と孤独も見え隠れしていた。
好き、という気持ちはどんな建前よりも強い。このセリフは、自分が男なのか、女のか、何者なのかと彷徨っていたみきが出した、一つの答えだった。
 
その後、兄はみきに掴みかかるが「女に、手を挙げるもんじゃない」という父の男前すぎる一言で、いったん喧嘩は止まる。
田舎で住む父も、おそらくLGBTについてはよく知らないし理解はしていないだろう。
しかし自分の子供だから歩み寄ろうとした。最後に慣れない感じで呼んだ「みき」という一言が、何よりもその証だった。
 
 
 
 
ちなみにこの兄妹喧嘩を止めたのは父ではない。
家族の誰よりも号泣した、部外者の後藤だ。
 
 
 
 

そこらへんにいそうでいない男・後藤

 

今作を語るにあたって、後藤の存在を忘れてはならない。
町田啓太くん演じる後藤だが、そこらへんにいそうなTHE平均点の男として描かれている(しかし現実世界に町田啓太はそこらへんにいない)
 
第一話では思わず口がダダ滑りし何度もみきに幻滅され、第三話では居候の分際でトイレを詰まらせる。しょっぱなこそ後藤の単細胞っぷりにヒヤヒヤしたが、この男…なんとも出来る男なのだ。
 
 
まず衝撃のカミングアウトをうけた第一話。衝撃を受けた割には即座にみきのセクシュアリティについて理解をしようという姿勢が見えた。
みきがオーガニック女子・ゆいにロックオンし、明らかに「お持ち帰りしました~」みたいな翌朝にも「ゆいちゃんと付き合うことにしたのか?」とにこやかに聞いた後、「俺お前の性生活応援するよ」と言い出したのである(自分は合コンで誰も持ち帰れなかったのに…)
 
二話でも同級生・高山田に詰られ、自分の体を見せようとしたみきを「女のすることじゃない」と制止した。
その後なぜか女装に目覚めた高山田を見て驚くも、「せっかくおしゃれしたんだから外出ようぜ」と誘うなど柔軟性を見せる。
 
特に私が後藤の男っぷりを感じたのは第三話。
田舎から帰った後、なんとあの兄から名物のカニが送られてきた。
後藤は「お兄さんもお前のことを理解しようとしてるんだよ~」と隠れた兄妹愛にときめいていたが、みきは「違う(ネイルをした)この爪で食べてみろってことなの、嫌味なの」と受け取っていたのだ。
 
 
そうかなぁと言いつつ、はいどうぞ、と剥いたカニを渡す後藤。
剥いたカニを渡す後藤剥いたカニを渡す後…
 
 
ここで私は一度悶え死んだ。
 
後藤の男前っぷりに、その人間力の高さに眩暈がした。同時に私は思った。
 
 
 
「出来ないなら俺がすればいいか」
 
そう思って実行できる人が、実際どれほどいるのだろう。かくいう私もその場で出来るのだろうか。
LGBTという自分と異なるセクシャリティの人を目の前にして、その人の考えを尊重し、フラットに人付き合いができる人は決して世の中に溢れていない。後藤はやっぱりそんじょそこらに溢れていないのだ。
 
きっと後藤は、「バリバラ」などで数多くのジャンルの人と接してきたNHKが考える、一つの「理想」ではないのだろうか…。
というと少し大げさかもしれないが、先ほど話した「バリバラ」のテーマである「みんなちがってみんないい」というメッセージを、後藤には強く感じた。
 
 
最終回である第四話は、そんな愛すべき単細胞・後藤が「俺、部屋を出ようかと思って」と告げるところから始まる。
恐らく最終回でもみきに対して心無い言葉をいう人はいるし、後藤の単細胞っぷりは発揮されるだろうし、劇的に何かが変わることはないかもしれない。
最終回でもLGBTについて何が正しくて何がいいのかなんて結論は出ないだろうし、そもそも今作ではそんな不毛な議論はしていないのだ。
 
 
 
バリバラのLGBT温泉回で、結局温泉ツアーに参加した人たちの中で「何がいいか」という結論は出なかった。
しかしスタジオでVTRを見ていたMCの方が、こう言った。
 
「なんかVTRを見てると慣れてくる。慣れてくるパワーって凄いよね」
 
そう。
正解は出ずとも、この光景が当たり前になって、いずれ「慣れ」になる日がきっと来る。
 
みきがきっと、今よりもずっと、生きやすくなる時代が。
 
女子的生活は、その「慣れ」への為に作られた、作品の一つではないだろうか。
…と思ったり。
 
 
今期、一歩先を進んだ作品「女子的生活」
みきのラストファイトを、私も楽しみにしている。