あすなこ白書

日本のドラマっておもしろい!

野ブタ。ロスになった人へ、名作『すいか』を勧めたい

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野ブタ。をプロデュース』のことを書いてから一カ月以上が過ぎた。「あの二人まったくシンメじゃない」と私が嘆いた修二と彰は、唯一無二の輝きを放つシンメとなり、全10話の物語はエンディングを迎えようとしている。(と書くが、この記事を投稿する頃には終わっている)春ドラマが再開するのは嬉しい、けど『野ブタ。』がない土曜日はさみしい。ものすごくさみしいのが本音だ。

私のように“野ブタ。ロス”になるかもしれない人へ。とある一つのドラマを勧めたい。『野ブタ。』を生んだ最強最高タッグ、脚本家・木皿泉河野英裕プロデューサーが手掛けた『すいか』というドラマだ。

 

 

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野ブタ。』の2年前、2003年に放送された『すいか』と出会ったのは、2020年になってのことだった。最近!というのも、STAY HOMEが提唱された3月のはじめくらいにHuluの無料視聴キャンペーンがあり、「Huluのおススメ教えてください」と呟いた際に教えてもらった作品の一つだ。あの時『すいか』を丁寧に、且つ情熱的に勧めてくださった全ての方に、私はこの春一番感謝している。

 

 

野ブタ。をプロデュース』というドラマが“10代のための教科書”ならば、『すいか』は“大人のためのバイブル”だと思う。長い間のどにつっかえて取れずにいた魚の骨を、するっと取ってくれるような、そんなドラマだ。

 

三軒茶屋にある賄いつき下宿「ハピネス三茶」。そこに住む個性豊かな人たちのありふれた日常と、ありそうでなさそうな非日常を描いている。大家の娘・ゆか(市川実日子)を含めて、ハピネス三茶の住人は計4人。親元を離れてハピネス三茶に転がり込んできた信用金庫のOL・基子(小林聡美)と、双子の姉を亡くした売れないエロ漫画家・絆(ともさかりえ)を中心に展開していく。特に真面目で器用に生きることが出来ない基子は、今の時代で言う典型的な“こじらせ女子”だ。しかし、そんな基子を「とても煮詰まった人」だと表現するところに、この物語のやさしさを感じる。もし今の時代に木皿泉が『すいか』の脚本を書いたとしても、基子のことを“こじらせ女子”とは書かないだろうと思う。さて。今回は基子と絆に加え、『すいか』に欠かすことの出来ない超重要人物3人について書いていく。

 

1:迷える若者を導いてくれる“大人”な教授・崎谷夏子(浅丘ルリ子)

 

ハピネス三茶に学生の時から39年間住みつづける年齢不詳の最古参住人。浅丘ルリ子に「時間の止まった吸血鬼みたいでしょ?」と言わせるのがなんとも憎い。職業は大学教授。第1話では授業中に泣きだした生徒を「女の子だし、可哀想」と庇う男子学生に対して、「ここは貴方の愚かな偏見を開陳する場所ではありません」と言い切った姿が爽快だった。教授は『すいか』の“核”と言える超重要人物で、同じ第1話で教授が放った「居て、よしッ!」は木皿作品を代表する名場面である。

 

教授:あなた、この世にそんな女がいるとは信じられないと思いましたね。

 

基子:はい。

 

教授:それは違います。いろいろ、居ていいんです

 

基子:私みたいなもんも、居ていいんですかね

 

教授:居てよしッ! (1話)

 

私はこの教授が大好きで大好きで、大好きだ。『野ブタ。』で言うところの教頭(夏木マリ)や本屋の店主(忌野清志郎)と同じ役割を担っていて、迷える基子たちをさりげなく導いてくれる“大人”でもある。生徒からは怖がられている教授だが、ハピネス三茶の住人たちには温かく、変なクレーマーを黙って見過ごせずにボッコボコにして「アタシ、人間が出来ていませんから」と膨れて帰るチャーミング(?)な一面も好き。

 

基子たちの何歩も先を歩く教授だが、彼女にも日々新しい発見があり、まだまだ知らないことも後悔も過ちも恐れもあるのが、教授の“大好きで大好きで、大好きな”ところだ。大人になると嫌でも自分の天井を意識してしまう中で、私より何歳も上の教授が歩みを止めない姿を見ると、自分の中でも奮い立つ“なにか”があった。序盤では住人たちを見守るポジションにいた教授だが、後半では教授の身にも大きな出来事が起こる。その際に教授はある一人の生徒と向き合うことになるのだが、教授としてではなく、生徒と同じ目線で「私たちはまだまだラッキーよ」と語るシーンが印象的だった。大人は「完成」された姿でもないし、大人だから「完璧」になれるわけでもない。そして「完璧」になれずとも、居てよしッ!なのだろう。

 

2:非日常を生きる元OL・馬場チャン(小泉今日子)

 

馬場チャン:今日ね、生まれて初めて飛行機乗ったよ。ビジネスクラス、思ったより普通だった。そんなもんだよね。ブランド品も山ほど買ったけど、あんまりおもしろくなかったなぁ (1話)

 

余談だが、亡くなった私の父は小泉今日子が大好きだった。「お父さんね、キョンキョンのこと、永遠の28歳だと本気で思っているの」と母が笑いながら話していた時、我が父ながらヤベエやつだな……と真顔になったことがある。でも『すいか』を見たとき、私は父の気持ちがすこし分かったような気がした。

 

小泉今日子演じる“馬場チャン”こと馬場万里子は、『すいか』の第二の主人公とも言える。基子とは信用金庫の同期で、薄暗い休憩室で「海外も行ったことないし、大トロも食べたことないよね~」と駄弁りながらお弁当をつつく仲だった。そんなある日、基子と同じ普通のOLだったはずの馬場チャンは3億円横領事件を起こし、一躍“時の人”になってしまう。前に書いた”ありそうでなさそうな非日常”は馬場チャンのことだ。

 普通にしか生きられない基子に対して、破天荒な人生を歩むことになった馬場チャン。枠にとらわれない生き方をする馬場チャンを基子は羨ましいとさえ思ってしまう。だけど、馬場チャンが手にした”非日常”は本当に幸せなのだろうか。3億円を手にした馬場チャンは食べたことがなかった大トロを真っ先に買うのだが、手を付けることなく、そのままゴミ箱に捨てている。十分すぎるほどのお金を手にした馬場チャンの表情は、いつも寂しそうに見えた。

 

「基子が生きる日常、馬場チャンが生きる非日常」は『すいか』が描くテーマの一つだと思っている。基子と馬場チャンの場面は照らし合わせながら見てほしい。とことん普通な小林聡美も最高だし、浮世離れした小泉今日子も最高。永遠に28歳だと思っていた父の中で、小泉今日子ミッキーマウスとかと同じ類の“キョンキョン”という生き物だったんじゃないかと思う。その“キョンキョン”というキャラクターを全面に活かした役が、他でもない“馬場チャン”なのだ。

 

3: 物語の気づきを“言葉”にしてくれる大家の娘・ゆか(市川実日子)

 

ゆか:言われてみれば私にも、基子さんにも絆さんにも綱吉にも、間々田さんにも、みんな終わりがあるのですね。でも終わるのも楽しいかもと私は思います。やっとアイスのはずれが出た時のあのほっとした感じ。やっと終わったーという解放感。私はそんなふうに一生を終えたいです。 (3話)

 

 最後に紹介するのは、市川実日子演じる大学生・ゆか。スリランカへ旅立った父親に代わり、ハピネス三茶の大家を務めている。煮詰まった基子や過去に縛られている絆と比べてみると、わりとのびのび生きている方だ。悩みや困ったことがあると一瞬で顔に出る素直なタイプでもある。

毎回物語の終わりに、ゆかはスリランカにいる父へ手紙を書く。住人たちとの関りや日々の気づきを書いた文章は物語のまとめでもあり、『すいか』を見て溢れてくる気持ちを、私の代わりに言葉にしてくれているようにも感じる。7話のゆかの言葉が特に好きだ。“どうしようもなく寂しい時、寂しいよねってうなずいてくれる誰かの声”や“暑かった一日が終わって、優しい風に吹かれる心地よさ”と同じものを、私は『すいか』に感じている。

 

ゆか:ただ才能なんかなくっても、この世にはそのままきれいな宝石箱にしまっておきたくなるような、かけがえのない瞬間があるんだと思います。それはどうしようもなく寂しい時、寂しいよねってうなずいてくれる誰かの声。暑かった一日が終わって、優しい風に吹かれる心地よさ。そんな些細なことだと思うんです。

 

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これは私のマシュマロ(匿名の質問箱)に送られてきたものだ。「とりあえず、『すいか』見てくれ……感想は…あとで書くから……」みたいな私のツイートで実際に視聴してくれた人がいるのがとても嬉しかったし、この方の「全話見たら、自分の人生がすこし嫌いじゃなくなりました」という言葉に胸がいっぱいになった。あの時私に『すいか』を勧めてくれた全ての人たちにも届くように、と願いを込めてブログに再掲。私に『すいか』を勧めてくださった方々、本当に、本当にありがとうございました。

 

『すいか』が放送されたのは2003年、文庫本に描かれているらしい10年後の2013年も優に超え、時代は2020年になった。私は『すいか』がHuluで配信されている限り、この先何度も『すいか』を見返すだろうし、基子や教授たちの言葉に何度も何度も救われることがあるのだと思う。万が一配信がなくなったら円盤購入を検討しよう。「大人のためのバイブル」と先述したがバイブルと言うよりかは、ポーチの奥底にある絆創膏のように、いつも手元に置いておきたい作品だ。この文章を書いている中で改めて思った。『すいか』には好きなシーンも好きなセリフも数え切れないほどあるけれど、最後は一番好きなセリフをお借りします。

 

 

 

「遅すぎることなんてないのよ、私たちはなんでも出来るんだから」

 

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  • 発売日: 2003/12/21
  • メディア: DVD